あけましておめでとうございます
皆さま、あけましておめでとうございます。
2012年もどうぞ引き続きよろしくお願い申し上げます!
FBでつながっていただいてる方々にはお伝えしましたが、
今年は年賀状をつくらないことにしました。すみません;;
実はてっきり会社のほうでつくるんだろうからと、
自前のものは家族用、親戚・知人向けしかつくらなかったんですね。
したらば、いつからか、賀状はお送りする習慣はやめたとのこと。
結構そういう会社さんが増えていますから、
時代の流れなのかな~などと思いつつ、
わたしも今年はタイミングがタイミングなので
勝手ながらお休みさせていただくことにしました(_ _。)m
リセットして、今年1年あらためて皆さまとご一緒させていただいて、
それで年末に感謝の気持ちをしたためさせていただくことにします。
ホントにすみません。
☆
ところで、少し時間が空いてしまいましたが、
今年の抱負を年始のご挨拶に代えて、ひとつ。
昨年は、いろいろ考えさせられる年でした。
やまいの煩わしさに足をひっぱられてしまった時期もありましたが、
自分に足りない短所、もっと伸ばすべき長所、
日頃からしっかり携えておかねばならない仕事に対する姿勢、
見据えておかねばならない到達点などなど、
組織に入ったことで見えてきたこと多数でした。
一人じゃわからないことってたくさんあるもんなんだなぁ、と。
というわけで、2011年の秋口から年末にかけては、
余計なものは全部捨て、緊張感をもって仕事に励んだつもりです。
なんだか原点に戻れたような気がしています。
占星術とかでよく聞くワードに言い換えると
大輪の花が咲いて実が結ぶ前の助走段階?
「立花(りっか)」なんだったのかもしれません。
あ、いや、ホントのところはわかりませんが(笑)
少なくとも「天中殺」は抜けたはず。
で、2012年は、
無駄を削いで削がれてある意味丸裸になった主軸の柱に、
あれこれまたイチから肉付けをしていきたい。
ちょうど華道の世界にも「立花」という手法があるようですが、
“真(しん)”なる主枝に“副(そえ)”や“請(うけ)”、
“前置(まえおき)”、“流枝(ながし)”などを組み合わせて
風情や趣、景観を構成していくように。
ゆっくり、確実に、自分を鍛えて、表現していきたいと思います。
パワーアップに努めますので、
今後ともどうぞご贔屓に。
もちろん自分だけでなく、皆さんと一緒に。
今年こそはよい年にしたいですね。
2012年もどうぞ引き続きよろしくお願い申し上げます!
FBでつながっていただいてる方々にはお伝えしましたが、
今年は年賀状をつくらないことにしました。すみません;;
実はてっきり会社のほうでつくるんだろうからと、
自前のものは家族用、親戚・知人向けしかつくらなかったんですね。
したらば、いつからか、賀状はお送りする習慣はやめたとのこと。
結構そういう会社さんが増えていますから、
時代の流れなのかな~などと思いつつ、
わたしも今年はタイミングがタイミングなので
勝手ながらお休みさせていただくことにしました(_ _。)m
リセットして、今年1年あらためて皆さまとご一緒させていただいて、
それで年末に感謝の気持ちをしたためさせていただくことにします。
ホントにすみません。
☆
ところで、少し時間が空いてしまいましたが、
今年の抱負を年始のご挨拶に代えて、ひとつ。
昨年は、いろいろ考えさせられる年でした。
やまいの煩わしさに足をひっぱられてしまった時期もありましたが、
自分に足りない短所、もっと伸ばすべき長所、
日頃からしっかり携えておかねばならない仕事に対する姿勢、
見据えておかねばならない到達点などなど、
組織に入ったことで見えてきたこと多数でした。
一人じゃわからないことってたくさんあるもんなんだなぁ、と。
というわけで、2011年の秋口から年末にかけては、
余計なものは全部捨て、緊張感をもって仕事に励んだつもりです。
なんだか原点に戻れたような気がしています。
占星術とかでよく聞くワードに言い換えると
大輪の花が咲いて実が結ぶ前の助走段階?
「立花(りっか)」なんだったのかもしれません。
あ、いや、ホントのところはわかりませんが(笑)
少なくとも「天中殺」は抜けたはず。
で、2012年は、
無駄を削いで削がれてある意味丸裸になった主軸の柱に、
あれこれまたイチから肉付けをしていきたい。
ちょうど華道の世界にも「立花」という手法があるようですが、
“真(しん)”なる主枝に“副(そえ)”や“請(うけ)”、
“前置(まえおき)”、“流枝(ながし)”などを組み合わせて
風情や趣、景観を構成していくように。
ゆっくり、確実に、自分を鍛えて、表現していきたいと思います。
パワーアップに努めますので、
今後ともどうぞご贔屓に。
もちろん自分だけでなく、皆さんと一緒に。
今年こそはよい年にしたいですね。
冬季休業
明日、大掃除が終わったら、
あさってからお休みです。
年始のスタートは1月5日からとなります。
あ、ちなみに1月17日から1週間ほどパリに出かけてきます。
いろいろ動いているお仕事もあるので
関係各所の皆さまにはご迷惑をおかけしますが、
数年越しの念願かなってのパリです。
ルーブル美術館のムック本やら、なにやらで、
10年前に何度も何度も行ってたパリ。
当時はほぼ1区から出たことなかったんですが(笑い)
今回はベルシーを拠点にいろいろ見て回るつもりです。
結構変わってるんだろうなぁ。楽しみです。
Facebookって凄いなぁ
先日、Facebookでいつもつながっていただいてる方に
忘年会という名のお食事会にお誘いいただきました。
そこで知り合った方々と「じゃーさっそくリクエストしますね」と、
翌日Facebookでつながっていただきました。
その後、うれしいことに「遊びにおいで~」とお声をかけていただき、
なにやらお仕事の話に。
当然、仲間同士の集いも、最近はFacebook経由。
なにしろ海外にいようが地方にいようが、
「いつ帰国するんですか~?」「え、今度の週末、出張で出てくるの?」
といった具合に、コミュニケーションツールとしてのスピードが早いんです。
メールや電話で各自やりとりするより簡単なんで当たり前ですが。
あと、面白いのが「共通の友人」。
学生時代の仲間と、つい10年くらい前にお仕事でご一緒した方とが
実は別の方を介してつながっていたという事実(笑)
あー、両方知り合いじゃん! でも俺、この真ん中の人は知らんなw とか。
まぁ、どっかのメディア(東洋経済だったかな?)の調べでは、
たしか「企画・マーケティング職」の80数%がこうしたSNSを利用していて、
その次が「クリエイティブ職」の80%だったはず。
そういえば、普通のサラマンの友人とかはあんまり見かけないんですよね。
昨日久しぶりにメールでやりとりした広島の友人も、大船の友人も、
「Facebook? やってねーよ」、「来年やるわ」と消極的な雰囲気だったし。
しかしFacebookはすごい。
昔、お世話になった諸先輩方が「友達かも?」の欄にいきなり現われたり、
ずーっとご無沙汰していた人がつつがなきを知ったり、
眺めていると、懐かしさやら、驚きやら、発見やらがアレコレころがっています。
もちろん、過去だけでなく、未来の友人にも知らず知らず出会えているのかもしれん。
ま、でも、いつもお世話になっている方曰く、
「これだけ認知されてきて、仕事中でも半ば利用が容認されてるツールだけど、
そんな時間があったら仕事をしろと言いたい」というご意見もわかります。
確かにのめりこみすぎるとダメになりそな匂いがプンプンです。
人は放っておくと堕落しますから。
つながっていただいた皆さんとの絆は大切にしつつも、
必要以上に寄りかからずに、
うまくこのツールとつきあっていかねばならんですね。
目下の悩み
ん~
コピー機、処分しちゃったしなぁ。
アレがないと仕事にならんし。
ホームページは作っていただいたときのデータがあるけど
ドメインの契約破棄しちゃった。
また、つくらねば。メアドも。
あ! 名刺だ。。名刺刷らなきゃダメじゃないか。
電話はどうする? 回線契約解除しちゃったぜ?
IP電話とかにしますか。かろうじて光回線は残してあるんで。
ていうか、いったん休止させた法人って
どうやって復活させればいいのだろう?
また法務局かどこかへ行って申請すれば済むのかな。
ホントに寝耳に水だったからなー。
まぁ決めたのは自分だし、仕方ないけれども。
・・・というわけで、来年1月の後半頃から
プログレッソ、再起動です。
水を吸い込むスポンジのように、2冊
ルフィの仲間力 安田雪 アスコム

新・堕落論 我欲と天罰 石原慎太郎 新潮社

先週の日曜日に買った2冊の本。
Facebookでも書きましたが、
甲状腺の例の数値が人並み以上に下がったからでしょうか。
乾いた何かにスーッと水が染みわたるかのように、
あっという間に読み終えてしまいました。
尤も、1冊目は文字もページ数も少ないうえに各論が明快で、
2冊目は石原さんの文章の巧緻さによるものでしょう。
前者は国民的人気マンガを例にとった人間関係構築論。
社会学の先生が書かれただけあって、
なかなか興味深い知見と道理が展開されています。
後者は“堕落論”という言葉に惹かれて買ったんですが、
無頼派・坂口安吾の『堕落論』とは似ても似つかない。
なんだろう・・・こうまで堕落してしまうとキミら死んじゃうよ? と
堕落しようがなんだろうが堕ちるとこまで堕ちて、生きろ! の違いか。
タイトルにわざわざ「新~」とつけているあたり、
明らかに坂口・堕落論を意識しているふしがある。
にも関わらず、坂口の時のような衝撃は
つゆほども受けませんでした。わたしはね。ごめんなさい。
と、石原閣下は(これもFacebookでちらりと触れました)昭和ヒト桁生まれ。
うちの両親と同じ世代だが、労苦の仕方や順番が違うのか、
はたまた労苦の質そのものが違うのか、そもそも労苦があったのかなかったのか、
戦争や平和や社会のあり方、それを営む人々へ向けた視線が
土台根本からうちの両親らとは違うように感じました。
石原さんが仰りたいことはわかります。
が、世代論を混ぜこぜにしてその本質を曇らせては絶対にいけない。
親と子ほど(もっとかな)も年の違う若輩が、誠に偉そうで恐縮しきりですが、
ただただ長年培ってきた伝統やら精神性やら人と人との関係性やらを
守り継ぎたい、語り継ぎたいだけの、わたしのような緩やかな保守層にとって、
石原氏と同類に見られるのは迷惑千万、とはいかないまでもちょっと勘弁。
保守は急激で突拍子もない革新は好まない。それはわかる。
理解の範疇を超えた新人類も好かない。わかる。。
村上春樹が嫌い。すんげーわかる(苦笑)。
が、そのタネを撒いてきたのはあなた方自信ではないのか。
保守を標榜するならば、時代に、人に、もっと謙虚でいなければ。
わたしはそう思うのです。

新・堕落論 我欲と天罰 石原慎太郎 新潮社

先週の日曜日に買った2冊の本。
Facebookでも書きましたが、
甲状腺の例の数値が人並み以上に下がったからでしょうか。
乾いた何かにスーッと水が染みわたるかのように、
あっという間に読み終えてしまいました。
尤も、1冊目は文字もページ数も少ないうえに各論が明快で、
2冊目は石原さんの文章の巧緻さによるものでしょう。
前者は国民的人気マンガを例にとった人間関係構築論。
社会学の先生が書かれただけあって、
なかなか興味深い知見と道理が展開されています。
後者は“堕落論”という言葉に惹かれて買ったんですが、
無頼派・坂口安吾の『堕落論』とは似ても似つかない。
なんだろう・・・こうまで堕落してしまうとキミら死んじゃうよ? と
堕落しようがなんだろうが堕ちるとこまで堕ちて、生きろ! の違いか。
タイトルにわざわざ「新~」とつけているあたり、
明らかに坂口・堕落論を意識しているふしがある。
にも関わらず、坂口の時のような衝撃は
つゆほども受けませんでした。わたしはね。ごめんなさい。
と、石原閣下は(これもFacebookでちらりと触れました)昭和ヒト桁生まれ。
うちの両親と同じ世代だが、労苦の仕方や順番が違うのか、
はたまた労苦の質そのものが違うのか、そもそも労苦があったのかなかったのか、
戦争や平和や社会のあり方、それを営む人々へ向けた視線が
土台根本からうちの両親らとは違うように感じました。
石原さんが仰りたいことはわかります。
が、世代論を混ぜこぜにしてその本質を曇らせては絶対にいけない。
親と子ほど(もっとかな)も年の違う若輩が、誠に偉そうで恐縮しきりですが、
ただただ長年培ってきた伝統やら精神性やら人と人との関係性やらを
守り継ぎたい、語り継ぎたいだけの、わたしのような緩やかな保守層にとって、
石原氏と同類に見られるのは迷惑千万、とはいかないまでもちょっと勘弁。
保守は急激で突拍子もない革新は好まない。それはわかる。
理解の範疇を超えた新人類も好かない。わかる。。
村上春樹が嫌い。すんげーわかる(苦笑)。
が、そのタネを撒いてきたのはあなた方自信ではないのか。
保守を標榜するならば、時代に、人に、もっと謙虚でいなければ。
わたしはそう思うのです。
クルマのお払いと災厄消除
了
ペンネームというものがあります。
わたしのは、いまは町田正。
白洲さんの書き物が好きで、白州さんは町田に住んでたから、町田正。
画数はあんまりいいとはいえないんですが
(晩年成功するものの、中年期は多難・孤独。本当の姓名とまるで一緒 笑)、
一誌に本名で、いろんなページに登場するのはアレですし、
本名さえ使えない場合で複数パートを書くときには、
この町田正をメインに、いくつかペンネームを使い分けています。
むかーし、そのひとつに、渡辺了というのもありました。
歴史好きの方ならご存知かもしれません。
司馬遼太郎さんの『侍大将の胸毛』の主人公、渡辺了(さとる)勘兵衛です。
藤堂高虎の家臣といえば、わかりますかね。わかんないかな。
それくらい、たいへんマイナーな戦国武将で、
だからこそペンネームになら使っていいかなと思い至ったのでありますが、
石田三成が、自分の知行(お給料)の半分近くにあたる
1万5千石をはたいて招いた、島左近という人物なら知ってる人も多いでしょうか。
あの「三成に過ぎたるものが二つあり。島の左近と佐和山の城」と
までにいわれた島左近の仕官のエピソードが、
実は、この渡辺了が藤堂高虎に使えた際の逸話を元にした
創作であるという説もあるのです。
渡辺了は、藤堂高虎の呼びかけに応じて、2万石という破格の高禄で仕官しました。
で、渡辺了は、主君高虎の期待に応えます。
元来の得意分野である槍働き(いわゆる武勲)のみならず、
普請奉行や城代などの内政面でも活躍。
ただ1度、大坂冬の陣で、高虎と意見を違えてしまい、
それが元でかなんなのか、戦場で落馬するほどの大敗を喫してしまうのです。
その後、名誉を挽回すべく独断専行。
ある程度の成果も上げましたが、味方の損害も大きく、
同僚の重臣たちからも疎まれ・・・やがて追放されてしまうという憂き目に。
結構、剛毅な人物で、上司の高虎にも
ガンガン自分の意見を言ってたみたいですから。
尤も、武士の忠義なんてものは江戸期につくられた概念、価値観で、
当時は、高虎自身が、浅井氏から阿閉、磯野、織田信澄、秀吉、家康と
状況に応じて仕官先を転々と替え、
「武士たるもの七度主君を変えねば武士とは言えぬ」と言っていたほど。
高虎に三行半を突きつけられた渡辺了は、
己の才を認めてくれない主君の下になど「いつまでもいられるものか」と、
あっさり次の仕官先を探しに行きます。
が、そこで高虎は、ただでは起きない。
ヤクザでいうところの破門回状を各方面にまわすわけ。
「渡辺了を雇うんじゃないぞ」と。
結果、渡辺了は、どこにも仕官先を見つけられず、
晩年、睡庵という庵号を名乗り、京で没したそうです。
よき理解者であった細川忠興や徳川忠直などからの援助を受けながら。
なんだか、わたしの先々も、そうなりそうな予感がしています。
確かに渡辺了と一緒でわたしの方にも手抜かりがありました。
先日このブログで自分自身に抱いていた不安を表白しましたが、
わたしの上司も同様の不安をひそかに抱えていたようです。
頼りがたい人間に、大切な仕事は、任せられない。
無論、わたしは渡辺了のように不満ばかりをあげつらって、
後ろ足で砂をかけて出て行くようなことはしたくありません。
もっと己の才を認めてほしいなどと甘えたことも言いません。
が、仕事を任せてもらえないのなら、
そもそも、こうして、召された意味がありません。
つまり「任せられない」は、婉曲な「辞めろ」という意味として受け取りました。
であるならば、自分で仕事を裁量できるかつてのポジションに戻るなり、
裁量させてもらえる仕官先を新たに探さねばなりません。
喰って行く為には、家族を食わしていく為には、仕方のないことです。
いろいろな方に御迷惑をかけて、
いろいろな方に不義理をして、
何もかもイチから出直しではじめた新生活でしたが、
ふたたび岐路が訪れました。
「どのツラ下げて」といった声も聞こえてきましょう。
「だから言わんこっちゃない」と嗤われる方もおりましょう。
が、これはこれ、潔く了とし、前を向かなければ、
それこそ人生が了となってしまうのです。
めんどくさくて、独り身なら今すぐにでも飛び降りてしまいたい人生ですが、
これもわたしの人生なのです。
わたしのは、いまは町田正。
白洲さんの書き物が好きで、白州さんは町田に住んでたから、町田正。
画数はあんまりいいとはいえないんですが
(晩年成功するものの、中年期は多難・孤独。本当の姓名とまるで一緒 笑)、
一誌に本名で、いろんなページに登場するのはアレですし、
本名さえ使えない場合で複数パートを書くときには、
この町田正をメインに、いくつかペンネームを使い分けています。
むかーし、そのひとつに、渡辺了というのもありました。
歴史好きの方ならご存知かもしれません。
司馬遼太郎さんの『侍大将の胸毛』の主人公、渡辺了(さとる)勘兵衛です。
藤堂高虎の家臣といえば、わかりますかね。わかんないかな。
それくらい、たいへんマイナーな戦国武将で、
だからこそペンネームになら使っていいかなと思い至ったのでありますが、
石田三成が、自分の知行(お給料)の半分近くにあたる
1万5千石をはたいて招いた、島左近という人物なら知ってる人も多いでしょうか。
あの「三成に過ぎたるものが二つあり。島の左近と佐和山の城」と
までにいわれた島左近の仕官のエピソードが、
実は、この渡辺了が藤堂高虎に使えた際の逸話を元にした
創作であるという説もあるのです。
渡辺了は、藤堂高虎の呼びかけに応じて、2万石という破格の高禄で仕官しました。
で、渡辺了は、主君高虎の期待に応えます。
元来の得意分野である槍働き(いわゆる武勲)のみならず、
普請奉行や城代などの内政面でも活躍。
ただ1度、大坂冬の陣で、高虎と意見を違えてしまい、
それが元でかなんなのか、戦場で落馬するほどの大敗を喫してしまうのです。
その後、名誉を挽回すべく独断専行。
ある程度の成果も上げましたが、味方の損害も大きく、
同僚の重臣たちからも疎まれ・・・やがて追放されてしまうという憂き目に。
結構、剛毅な人物で、上司の高虎にも
ガンガン自分の意見を言ってたみたいですから。
尤も、武士の忠義なんてものは江戸期につくられた概念、価値観で、
当時は、高虎自身が、浅井氏から阿閉、磯野、織田信澄、秀吉、家康と
状況に応じて仕官先を転々と替え、
「武士たるもの七度主君を変えねば武士とは言えぬ」と言っていたほど。
高虎に三行半を突きつけられた渡辺了は、
己の才を認めてくれない主君の下になど「いつまでもいられるものか」と、
あっさり次の仕官先を探しに行きます。
が、そこで高虎は、ただでは起きない。
ヤクザでいうところの破門回状を各方面にまわすわけ。
「渡辺了を雇うんじゃないぞ」と。
結果、渡辺了は、どこにも仕官先を見つけられず、
晩年、睡庵という庵号を名乗り、京で没したそうです。
よき理解者であった細川忠興や徳川忠直などからの援助を受けながら。
なんだか、わたしの先々も、そうなりそうな予感がしています。
確かに渡辺了と一緒でわたしの方にも手抜かりがありました。
先日このブログで自分自身に抱いていた不安を表白しましたが、
わたしの上司も同様の不安をひそかに抱えていたようです。
頼りがたい人間に、大切な仕事は、任せられない。
無論、わたしは渡辺了のように不満ばかりをあげつらって、
後ろ足で砂をかけて出て行くようなことはしたくありません。
もっと己の才を認めてほしいなどと甘えたことも言いません。
が、仕事を任せてもらえないのなら、
そもそも、こうして、召された意味がありません。
つまり「任せられない」は、婉曲な「辞めろ」という意味として受け取りました。
であるならば、自分で仕事を裁量できるかつてのポジションに戻るなり、
裁量させてもらえる仕官先を新たに探さねばなりません。
喰って行く為には、家族を食わしていく為には、仕方のないことです。
いろいろな方に御迷惑をかけて、
いろいろな方に不義理をして、
何もかもイチから出直しではじめた新生活でしたが、
ふたたび岐路が訪れました。
「どのツラ下げて」といった声も聞こえてきましょう。
「だから言わんこっちゃない」と嗤われる方もおりましょう。
が、これはこれ、潔く了とし、前を向かなければ、
それこそ人生が了となってしまうのです。
めんどくさくて、独り身なら今すぐにでも飛び降りてしまいたい人生ですが、
これもわたしの人生なのです。
風俗研究
・・・って書くと、なんか誤解を招きそうですが。
書評です。残念でした。。
風俗研究 バルザック 山田登世子 訳・解説 藤原書店

ライター的ネタバレ覚悟で書くのですが、
よく偉い人の名言とか金言を引用して「かくあるべし」な
書き物ってあるじゃないですか。
あーゆーのが好きで、たまにわたしもやるんですが
(で、ボスに『お前の原稿はクサイ』とか言われるわけですが)、
ちょいと“ダンディズム”ってなんだろうと、ふと考えまして。
誰か“ダンディ”について一家言ないのかよ~、
俺にも考えはあるけど、あんま自信がないから誰か背中を押してくれ~、
と探して探して行き当たったのが、このバルザックさんでした。
ヘミングウエイとかボウルズとかフィッツジェラルドとかではなくバルザック。
で、なんでまた“ダンディズム”なのかというと、
ちょうどサルトーリが仕立てるイタリアンクラシコについて書く原稿だったか、
豪華な新型4ドアサルーンについて書く記事だったか・・・。
忘れちゃいましたが、結局、全然別の機会にふーっと浮かんできたんです。
この本を読んで印象に残っていたことが。
クルーズの旅に行かせていただいたときの原稿に使わせてもらいました。
「優雅な生活とは、大きく言って休息を楽しくする術をいう」と。
バルザックは“ダンディズム”にも言及してるんですが、
“優雅とは何か”にも相当なページを割いて触れています。
2800円も出して買った甲斐がありました。ムダにならずよかった。
さて、本のほうは
19世紀の文豪バルザックが、
ちょっと斜に構えた目線で
パリの風俗をなで斬りにするといった体の、
都市風俗の考現学です。
道行く人の歩き方がどうだとか、あのファッションはねーよとか、
とにかく他人を罵倒しまくります。
たまに褒めても超上から目線(笑)。
きっと「口さがない」とはこういう人のことをいうんでしょう。
真面目な人は、生理的にムリ、かもしれません。
なに言ってんだ、こいつは、って。
うしろのほうの写真を見ると、本人、ダンディとは無縁そうな
小太りのオッサンだし。お前が言うなよ、って。
でも、その毒舌の中に、しっかり核心をついた言葉が散りばめられてもいます。
弁舌なめらかな人は、わたしはあんまし信用しませんが、
こういう口さがない人に出会ったときは、
「決して、こっちからは逃げないで、汲み取る」というフィルターを通せば、
その人がホンモノかどうかが、なんとなく見えてくるような気がします。
うわっつらはガン無視して、その下に隠された層を、
聞くに堪えない言葉で煙に巻かれたやわらかい部分のみ掬い取るんです。
どんだけ偉そうでも、ふてぶてしくても、
現代人からみたら根拠も何もない頓珍漢な話ばっかしているように思えても、
ガマンして付き合ってみてください。
結構いいこと言ってるんだな、これが。
んで、いかに、自分が、つまんないことに囚われていたかがわかる。
まぁ、詳しくは中身をご覧アレ。
後半の、山田登世子さんの解説も素晴らしいです。
2800円も出して買った甲斐がありました。
書評です。残念でした。。
風俗研究 バルザック 山田登世子 訳・解説 藤原書店

ライター的ネタバレ覚悟で書くのですが、
よく偉い人の名言とか金言を引用して「かくあるべし」な
書き物ってあるじゃないですか。
あーゆーのが好きで、たまにわたしもやるんですが
(で、ボスに『お前の原稿はクサイ』とか言われるわけですが)、
ちょいと“ダンディズム”ってなんだろうと、ふと考えまして。
誰か“ダンディ”について一家言ないのかよ~、
俺にも考えはあるけど、あんま自信がないから誰か背中を押してくれ~、
と探して探して行き当たったのが、このバルザックさんでした。
ヘミングウエイとかボウルズとかフィッツジェラルドとかではなくバルザック。
で、なんでまた“ダンディズム”なのかというと、
ちょうどサルトーリが仕立てるイタリアンクラシコについて書く原稿だったか、
豪華な新型4ドアサルーンについて書く記事だったか・・・。
忘れちゃいましたが、結局、全然別の機会にふーっと浮かんできたんです。
この本を読んで印象に残っていたことが。
クルーズの旅に行かせていただいたときの原稿に使わせてもらいました。
「優雅な生活とは、大きく言って休息を楽しくする術をいう」と。
バルザックは“ダンディズム”にも言及してるんですが、
“優雅とは何か”にも相当なページを割いて触れています。
2800円も出して買った甲斐がありました。ムダにならずよかった。
さて、本のほうは
19世紀の文豪バルザックが、
ちょっと斜に構えた目線で
パリの風俗をなで斬りにするといった体の、
都市風俗の考現学です。
道行く人の歩き方がどうだとか、あのファッションはねーよとか、
とにかく他人を罵倒しまくります。
たまに褒めても超上から目線(笑)。
きっと「口さがない」とはこういう人のことをいうんでしょう。
真面目な人は、生理的にムリ、かもしれません。
なに言ってんだ、こいつは、って。
うしろのほうの写真を見ると、本人、ダンディとは無縁そうな
小太りのオッサンだし。お前が言うなよ、って。
でも、その毒舌の中に、しっかり核心をついた言葉が散りばめられてもいます。
弁舌なめらかな人は、わたしはあんまし信用しませんが、
こういう口さがない人に出会ったときは、
「決して、こっちからは逃げないで、汲み取る」というフィルターを通せば、
その人がホンモノかどうかが、なんとなく見えてくるような気がします。
うわっつらはガン無視して、その下に隠された層を、
聞くに堪えない言葉で煙に巻かれたやわらかい部分のみ掬い取るんです。
どんだけ偉そうでも、ふてぶてしくても、
現代人からみたら根拠も何もない頓珍漢な話ばっかしているように思えても、
ガマンして付き合ってみてください。
結構いいこと言ってるんだな、これが。
んで、いかに、自分が、つまんないことに囚われていたかがわかる。
まぁ、詳しくは中身をご覧アレ。
後半の、山田登世子さんの解説も素晴らしいです。
2800円も出して買った甲斐がありました。
ちなみに
数値が5.2だったかな。
ようやく平均値まであと1となりました。
だいぶ症状が緩和されてきた感じ。
汗をダラダラかくことも少なくなってきましたし、
体重も増えてきました。
薬の効果を実感しています。
ただ、記憶障害、集中力の低下が甚だしい。
つい2週間くらい前まではいろいろ細かいことがあって、
ホントに凹んでました。
このまま、ミスを続けていたら
そのうち取り返しのできないミスをしてしまうかもしれない。
自分の会社なら、自分でケツを拭くしかないけど、
よそ様の会社にスタッフとして参加してるわけですから。
そんな不安と恐怖でストレスが溜まったのか、
目に見えて白髪が増えたみたい。
とりあえず病院の先生に相談して、
抗アレルギー剤の服用をストップしました。
痒くなったり、抵抗力が弱まるのを抑える薬です。
でも、背に腹は反せません。
このクスリは朝に飲むと、当分の間、ボーッとしてしまうのです。
昼飯喰いに「行ってきまーす」と会社を出て、
エレベータで1階についたら「俺、何しに来たんだっけ? あ、メシか」なのです。
いまは、なんでもかんでもメモを取る。
付箋に次やることを書いて、机の上に並べて貼っておく。
終わっても、終わったことを書き留めて、当分残しておく。
「アレ、やっておいてくれた?」「で、いつやったの?」
こんな簡単な答えにさえ窮することもあるのですから必死です。
スケジュール管理をこんなに必死にやったの、はじめてかもしれません。
こんな状態じゃ、秘書課とか、絶対務まりませんね。
あ、いや、本当は編集も務まらないはず。
ま、今のところは自分で言うのもなんですが、
なんとか及第点、出せてるんじゃないかな。。。
あと、クルマを買いました。
少し自分の肩に負荷をかけて、
簡単には逃げ出せない状況ってのをあえてつくりました。
これが意外といいみたい。
辛いときに思い出すと元気が出ます。
幸い、原稿を書くには支障ありません。
複雑な案件が重なって、嵐のようになってないからかもですけど、
なんとかやっていけてます。
また、精神的に凹むと後を引くので、
いつまでもグチグチしない。ムカつくことがあっても忘れるに限ります。
そこだけ気をつけつつ、自分を日々励まして頑張っています。
ようやく平均値まであと1となりました。
だいぶ症状が緩和されてきた感じ。
汗をダラダラかくことも少なくなってきましたし、
体重も増えてきました。
薬の効果を実感しています。
ただ、記憶障害、集中力の低下が甚だしい。
つい2週間くらい前まではいろいろ細かいことがあって、
ホントに凹んでました。
このまま、ミスを続けていたら
そのうち取り返しのできないミスをしてしまうかもしれない。
自分の会社なら、自分でケツを拭くしかないけど、
よそ様の会社にスタッフとして参加してるわけですから。
そんな不安と恐怖でストレスが溜まったのか、
目に見えて白髪が増えたみたい。
とりあえず病院の先生に相談して、
抗アレルギー剤の服用をストップしました。
痒くなったり、抵抗力が弱まるのを抑える薬です。
でも、背に腹は反せません。
このクスリは朝に飲むと、当分の間、ボーッとしてしまうのです。
昼飯喰いに「行ってきまーす」と会社を出て、
エレベータで1階についたら「俺、何しに来たんだっけ? あ、メシか」なのです。
いまは、なんでもかんでもメモを取る。
付箋に次やることを書いて、机の上に並べて貼っておく。
終わっても、終わったことを書き留めて、当分残しておく。
「アレ、やっておいてくれた?」「で、いつやったの?」
こんな簡単な答えにさえ窮することもあるのですから必死です。
スケジュール管理をこんなに必死にやったの、はじめてかもしれません。
こんな状態じゃ、秘書課とか、絶対務まりませんね。
あ、いや、本当は編集も務まらないはず。
ま、今のところは自分で言うのもなんですが、
なんとか及第点、出せてるんじゃないかな。。。
あと、クルマを買いました。
少し自分の肩に負荷をかけて、
簡単には逃げ出せない状況ってのをあえてつくりました。
これが意外といいみたい。
辛いときに思い出すと元気が出ます。
幸い、原稿を書くには支障ありません。
複雑な案件が重なって、嵐のようになってないからかもですけど、
なんとかやっていけてます。
また、精神的に凹むと後を引くので、
いつまでもグチグチしない。ムカつくことがあっても忘れるに限ります。
そこだけ気をつけつつ、自分を日々励まして頑張っています。






